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【プレスリリース】抗うつ薬が脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血を防ぐ可能性を証明

-脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血を防ぐ薬剤、人で効果確認-
J-ASPECT Studyデータを活用し、NHOネットワーク共同研究で証明

研究の概要

 脳動脈瘤の破裂は、深刻な病であるクモ膜下出血の主な原因です。現在のところ、脳動脈瘤の治療法には手術しかありません。今回、国立病院機構(NHO)京都医療センター脳神経外科診療部長の福田俊一らの研究グループは、抗うつ剤であるパロキセチンを内服している人は、脳動脈瘤が大きくなる割合が1/7以下に減っていることをNHOネットワーク共同研究で初めて示しました。脳動脈瘤は大きいほど破れやすいため、破裂予防につながります。症例登録には、本邦最大の脳卒中データベースであるJ-ASPECT Study(研究代表者:国立循環器病研究センター病院長飯原弘二)を利用しました。さらにパロキセチン内服例では、カテーテルを用いたコイル塞栓術後の再発が1/4以下に低下していました。今後の研究による臨床応用が期待されます。これらの結果が、米国の脳神経外科専門誌Journal of Neurosurgeryに掲載されました。

これまでの経緯

 クモ膜下出血は、脳の血管に生じた膨らみである脳動脈瘤に穴があいて破れることによって、突然に発症します。いったんクモ膜下出血になってしまうと、約3分の1の人は死に至り、3分の1の人には麻痺や意識障害などの重い後遺症が残り、残りの3分の1の人は社会復帰できるとされています。脳動脈瘤を治療するには、壁が薄く破れやすい瘤の内部に血液が流れ込まないようにする必要があります。そのための治療法としては、①頭蓋骨に穴をあけて、手術顕微鏡で動脈瘤を直接見て、瘤の根本部分をクリップではさむことで瘤の内部に血液が入り込まないようにするクリッピング術と、②血管の内側から脳動脈瘤の根本部分までカテーテルを挿入して、動脈瘤の中に金属のコイルを詰めることで瘤の内部を塞ぐコイル塞栓術という2つの手術治療法があります。破裂した脳動脈瘤に対しては、可能な限りこれらの手術を行うことが推奨されています。コイル塞栓術には、クリッピング術に比べて身体への負担がより少ないという利点があるものの、クリッピング術の再発率が1〜3%であるのに比べてコイル塞栓術では10〜30%と高いという欠点があります。

 クモ膜下出血を予防するためには、脳ドックなどで脳動脈瘤を見つけて、破裂の危険性の高い瘤を選別して、未然に治療することが有効です。しかしながら、現在のところその治療法には上記のクリッピング術とコイル塞栓術しか選択肢がなく、破裂を予防する薬剤はありません。現在、いろいろな基礎研究によって、破裂予防薬の開発が行われています。  京都医療センター脳神経外科では、血液の流れによる血管への影響を調べる血行力学を用いて、脳動脈瘤がどのように発生し、大きくなり、そして破裂するのかを研究し、破裂予防薬の開発を行なってきました。血管の最も内側には内皮細胞という膜が張りめぐらされていますが、この内皮細胞は「壁ずり応力」という力を感知して血液の流れ(血流といいます)を感じ取り、血管に血流の情報を伝え、血流の程度を調節しています。福田らは、脳動脈瘤の発生には血流による負荷が大きく関係していて、この負荷を減らすことで脳動脈瘤が生じにくくなることを動物実験で示しました(福田俊一ほか、Circulation 2000年)。さらに、内皮細胞が血流を感じとるのに必要なP2X4というタンパクに注目し、P2X4を阻害することで脳動脈瘤の発生や増大が抑制されることを動物実験で示しました(福田美雪ほか、Journal of Neurosurgery 2019年)。脳動脈瘤の増大は破裂に最も強く関係している危険因子のひとつで、大きくなるほど破裂しやすくなるため、瘤の増大を抑制できれば、破裂を予防できることが期待されます。

今回の手法と成果

 P2X4の阻害薬のひとつであるパロキセチンは、従来から別の作用を介した抗うつ薬として臨床で使われてきました。今回、この別の作用を介した薬としてすでに臨床で使用されている点に着目し、脳動脈瘤のある患者さんの中で、パロキセチンを内服している人と内服していない人で、脳動脈瘤の増大の程度を比較する研究を行いました(NHOネットワーク共同研究「脳動脈瘤の増大およびコイル塞栓術後再発におけるパロキセチンの抑制効果の後ろ向き検討」Drug for Aneurysm Study)。加えて、コイル塞栓術の再発にも血流による負荷が関係していると考えられることから、コイル塞栓術の再発に対するパロキセチンの効果も調べました。

 しかしながら、破裂していない脳動脈瘤(未破裂脳動脈瘤といいます)の患者さんで、パロキセチンを服用している人は非常に数が限られています。そこで、J-ASPECT Study(「レセプト等情報を用いた脳卒中、脳神経外科医療疫学調査」)のデータベースを利用しました。J-ASPECT Studyは、本邦最大の脳卒中データベースで、延べ960の急性期脳卒中施設における約796万件の入院症例データ(DPCデータ) を構築しており、その中に約176万件の脳卒中DPCデータがあります。このJ-ASPECT Studyに2010年から2019年の間に登録された症例から、パロキセチンを服用しており、かつ未破裂脳動脈瘤を有しているか、またはコイル塞栓術を受けたことがある症例を検索したところ、823症例が該当する可能性がありました。これらの症例が入院していた施設に研究への参加を依頼したところ、78の施設が参加を承諾し、275例の患者が登録されました。これら登録症例データの詳細を検討した結果、パロキセチンを内服している未破裂動脈瘤37症例とコイル塞栓術後38症例が適格基準を満たしていました。

 これらの症例を、パロキセチンを内服していない未破裂動脈瘤396症例およびコイル塞栓術後308症例と統計学的に比較しました。統計解析には、増大や再発についてこれまでの研究等でわかっている危険因子を用いて多変量解析を行い、さらに内服例と非内服例でこれらの危険因子の値の偏りをなくすため、傾向スコアマッチング法を用いました。その結果、未破裂動脈瘤の増大発生率(増大した症例数/人・年)はパロキセチン内服例で0.0125であったのに対し非内服例では0.0959であり、また増大率(増大した長さの合計(mm)/人・年)もパロキセチン内服例で0.0231mm/人・年であったのに対し非内服例では0.1353 mm/人・年と、ともにパロキセチン内服症例で有意に低いことがわかりました(グラフ1、2参照、増大発生率のインシデンス・レイト比0.02, 95% 信頼区間 0.008–0.05, p<0.000、増大率のインシデンス・レイト比0.03, 95% 信頼区間 0.01–0.06, p<0.0001)。またコイル塞栓術症例では、再発の最も多い期間である術後1年間の再発率が、非内服症例が21%であったのに対し、パロキセチン内服例では5%と低く、有意に低下していました(グラフ3参照、オッズ比0.18, 95% 信頼区間 0.03–0.99, p=0.04)。本研究成果は、日本の既存の大規模データベースを、既存薬のドラッグ・リポジショニングに利活用する手法の一つとしても注目に値するものです。ここで、ドラッグ・リポジショニングとは、人での安全性が既に確認されている既存薬から、新たな薬効を見つけ出して、実用化につなげていく研究手法です。

グラフ1 未破裂脳動脈瘤の増大に対するパロキセチン内服の効果:増大発生率

グラフ2 未破裂脳動脈瘤の増大に対するパロキセチン内服の効果:増大率

グラフ3 コイル塞栓術1年後の再発に対するパロキセチン内服の効果



今後の展望

 パロキセチンを含むP2X4阻害薬は、脳動脈瘤の増大や破裂の危険性が高いものの、高齢や持病などによって全身麻酔やカテーテル手術のための造影剤の使用が難しいために手術が困難な未破裂脳動脈瘤患者や、手術を希望しない患者に対して、脳動脈瘤破裂の予防薬として使用できる可能性があります。また、コイル塞栓術後の再発に対する予防薬は、現在のところありません。したがって,再発の危険性が高いコイル塞栓術後患者に対して,再発が最も多い術後1年間パロキセチンを服用してもらうことは、臨床的に大きな意義があると考えられます。さらに、抗うつ作用を持たない、より選択的なP2X4阻害薬の開発も望まれます。ただし、今回の研究は過去のデータに基づいて解析を行っていますので、パロキセチンやその他のP2X4阻害薬の有効性を確認するためには、前向きに臨床治験を行なうことで、より厳格に検討する必要があり、今後の研究が期待されます。

謝辞

本研究は、国立病院機構多施設共同臨床研究助成(R2-NHO(心脳)-01)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(JP15gm0810006h0301)および日本学術振興会科研費(20K09339)の助成を受けました。

【論文情報】
DOI : 10.3171/2024.6.JNS24714

題名
Effects of paroxetine, a P2X4 inhibitor, on cerebral aneurysm growth and recanalization after coil embolization: the NHO Drug for Aneurysm Study

著者
Shunichi Fukuda, Youko Niwa, Nice Ren, Naohiro Yonemoto, Masato Kasahara, Masahiro Yasaka, Masayuki Ezura, Takumi Asai, Masayuki Miyazono, Masaaki Korai, Keisuke Tsutsumi, Keigo Shigeta, Yuta Oi, Ataru Nishimura, Hitoshi Fukuda, Masanori Goto, Takashi Yoshida, Miyuki Fukuda, Akihiro Yasoda, and Koji Iihara, on behalf of the NHO Drug for Aneurysm Study Group

掲載誌 Journal of Neurosurgery URL: http://thejns.org (※ペーパービュー)

【研究に関する問い合わせ】
◆〒612-8555 京都市伏見区深草向畑町1-1
京都医療センター 脳神経外科内 Drug for Aneurysm Study 事務局
Tel: 075-641-9161 Fax: 075-643-4325 Mail: drug.for.aneurysm@gmail.com

◆J-ASPECT Study 〒564-8565 吹田市岸部新町6-1
国立循環器病研究センター 病院長室
J-ASPECT Study事務局
研究代表者 国立循環器病研究センター 病院長 飯原弘二
Mail: j-aspect@ml.ncvc.go.jp

【広報に関する問い合わせ】
国立病院機構京都医療センター 広報戦略室 田中信行 / 事務部 庶務係長 和田佳奈子