循環器内科
心肺蘇生・心臓救急
日本では年間約13万人が心肺停止状態で病院に運ばれ、約8万人(6割)が心臓が原因であることが報告されています。心臓が原因である心肺停止で倒れる瞬間を目撃され、病院に搬送されても元気に退院され社会復帰される患者さんは全体の約8%程度しかおられません。当院では、病院到着時も心室細動による心肺停止状態が続いている患者さんに対し、経皮的心肺補助装置(PCPS)という人工心肺装置を導入しています。
はじめに
わが国では、消防機関、日本赤十字社などが中心となって、心肺蘇生(CPR : cardiopulmonary resuscitation)普及の取り組みを積極的に行ってきました。また、2004年7月より一般市民による自動体外式除細動器(AED : Automated External Defibrillator)の使用が認められ、AEDの設置およびその使用法や心肺蘇生法の実技指導を中心とした応急手当講習の開催が進められています。こうした取り組みによって、心肺停止傷病者への住民による応急手当の実施率は平成30年度には50.7%となっており、院外心肺停止傷病者の社会復帰率はここ10年ほどの間で著明に改善してきています。
総務省消防庁の全国調査「消防白書」によれば、平成30年中の救急搬送された心肺機能停止症例は12万7718人で、うち心原性(心臓に原因があるもの)は7万9400人でした。そのうち、心肺機能停止の時点を一般市民により目撃された件数は2万5756人で、その1ヶ月後生存率は13.9%、社会復帰率は9.1%と報告されています。社会復帰率が改善しているとはいえ、院外心停止傷病者の社会復帰率は心停止を目撃された心原性心停止であっても10%以下と依然として低いのが現状です。たとえ蘇生に成功し救命できたとしてもその約4割は脳への深刻なダメージにより社会復帰ができず、そしてその医療費は長期に渡り且つ高額となります。今後、従来の『心肺蘇生』だけでなく、脳蘇生を意識した『心肺脳蘇生CPCR (cardiopulmonary-cerebral resuscitation)』が重要な課題となってきます。
心肺停止から自己心拍再開までの時間の壁
院外心停止患者において、一般市民による一次救命処置(BLS : Basic Life Support)の重要性は言うまでもありませんが、胸骨圧迫だけでは十分な脳血流は維持出来ず、心停止から自己心拍再開(ROSC : return of spontaneous circulation)までの時間が長くなるほど生存率、社会復帰率は悪化していき、心停止から25分以上経過してもROSCが得られなければ生存率及び社会復帰のチャンスは格段に低下します。当施設の医療圏である京都市伏見区での救急隊への救急要請から現場到着までの平均所要時間は約6分です。その後現場処置及び搬送に20分前後と想定すると当院搬送となるまでおおよそ25分経過しているケースが多いのが現状です。結果、病院到着時に心停止状態が継続している症例に関しては、そこから二次救命処置(ACLS : Advanced cardiac life support)を継続し、その後何とかROSCを認めたとしても脳蘇生としては予後不良な場合が多いです。院外心停止症例についての詳細な報告をした文献においても、病院到着時にROSCを認めない患者の予後は極めて不良でした。
PCPSを用いた体外循環式心肺蘇生(E-CPR)
そこで近年本邦では積極的、かつ先進的な心肺脳蘇生法として来院時に心肺停止状態である患者に対し補助循環装置を迅速に導入する侵襲的心肺脳蘇生法が普及しつつあります。経皮的心肺補助法(PCPS:percutaneous cardiopulmonary support)とは、一般的に遠心ポンプと膜型人工肺を用いた閉鎖回路の人工心肺装置により、大腿動静脈から挿入したカニューレという管を経由し心肺補助を行うものです。静脈に挿入した脱血管より血液を吸引し、人工肺でガス交換を行って、動脈に挿入した送血管から体内に血液を送ることで機能の低下した心臓と肺の代わりを担います。
1983年に開発された後、小型化も進み1990年代より急速に普及しはじめ、循環器領域だけではなく救急領域にも適応範囲を広げています。特に蘇生領域においてPCPSを用いた体外循環式心肺蘇生(E-CPR:extracorporeal-CPR)が試みられるようになり普及しています。心原性心肺停止患者において通常のACLSによりROSCが得られない患者において、PCPSを迅速に導入することにより虚血に最も弱い脳循環を維持することで脳蘇生を最優先することが可能です。その後心停止の原因を診断し治療をすることによりROSCが得られた際により脳予後が期待できると思われます。
当院でのE-CPRの適応及び導入-Door to PCPS30分の壁
そういった背景の中当院でも2010年9月よりE-CPR体制の整備を開始しました。当院での現在のE-CPRの適応基準は以下のとおりです。
- 目撃のある院外心肺停止患者
- Bystander(現場に居合わせた同伴者や通行人など)によるCPRが行われている
- 確認できた初期波形が心室細動(VF)もしくは無脈性心室頻拍(VT)
- 心肺停止から60分以内にPCPS開始可能な症例
- 75歳以下もしくは発症前の健康状態が良好
但し、あくまで原則であり年齢等に関しては搬送時身元不明であることもあり、普段の健康状態も含めある程度見た目で判断しています。また、例外的に偶発性低体温症においては目撃、bystander-CPRに関わらず状況に応じて適応を検討しています。前述の如く、救急要請から病着までの平均時間は約25分であり、当院到着時にROSCを得られていない場合は心停止からすでに25分以上経過している症例が大多数です。心停止から60分以内にPCPSを開始させるとなると病院搬送からPCPS開始までの時間(Door to PCPS)は20-30分以内が目標となります。
当院では、院外心肺停止患者の受け入れ要請があり、かつ初期波形がVF/無脈性VTであった場合は救命医だけではなく、循環器医、研修医/専修医のメンバーでERにて患者搬送を待ち構えるようにしています。患者が搬送されてきたら循環器医は蘇生行為には参加せずにE-CPRの適応を判断します。蘇生は救命医、ER医師が担当し、循環器医は病院前の情報や心原性心停止の可能性、現状把握等に徹し、迅速なE-CPR適応判断を優先するようにしています。適応に躊躇したわずかな時間が、患者の予後を決定するといっても過言ではないからです。そしてE-CPR適応と判断されると速やかにカテーテル待機医及び臨床工学技師待機に出動を要請、院内各部署に連絡します。当院ではPCPS挿入までは自動心臓マッサージ器(LUCAS ®)を使用しています。PCPS導入後は冠動脈造影を施行し、必要があればPCIによる血行再建を施行します。PCPSによる熱交換器を使用し体温管理療法も平行し早期の脳保護にも努めています。
上記E-CPRの流れは救命医、循環器医、ER当直、ER看護師、臨床工学技士、放射線科技士とすべての職種の連携及び理解が不可欠です。当院では医師、コメディカル含め定期的なE-CPRのシミュレーションの施行及び各症例毎に合同検討会を施行し常に試行錯誤を重ね当院で施行可能な最良な方法を模索し続けています。
最後に
院外心肺停止症例においては一般市民に対するCPRの啓蒙、AEDの普及及び早期除細動が重要であることは疑いようのない事実です。しかし、BLS及び通常のACLSに反応しない症例においてE-CPR導入により救命及び社会復帰可能となる症例がいるのも事実です。但し心停止発症直後から病院搬送までの絶え間ないCPR及び病院搬送後速やかなPCPS挿入、原疾患の治療とシームレスなChain of Survival(救命の連鎖)が不可欠であり、E-CPR開始のちょっとした遅れ、躊躇が脳蘇生の転帰に大きく関与します。
当院に搬送された心原性院外心肺停止患者においては社会復帰の可能性が少しでもあれば、上記の如く積極的な心肺蘇生:E-CPRを施行し、蘇生率ではなく社会復帰率向上を常にスタッフ全員で取り組んでいます。
循環器内科と救命科医師から研修医や看護師・臨床工学技士などのスタッフにE-CPRの講義を行っています。
症例のシミュレーションを行い、病着からE-CPR適応判断、カテ室入室までの流れを確認しています。
カテ室でのPCPS起動を含めPCPS導入の練習もして、要する時間の短縮に努めています。
部門責任者:石井 充、土井 康佑