男性更年期
奥野 博
はじめに
“男性にも更年期障害があるか?”
女性の加齢に伴うエストロゲンの低下およびエストロゲン低下に起因する更年期障害はよく知られているが、加齢に伴うアンドロゲンの低下、それに起因する男性更年期障害(partial androgen deficiency of aging male; PADAM)の存在が最近注目されてきている。本稿では加齢に伴うアンドロゲンの変化、臨床症状、臨床診断、アンドロゲン補充療法(androgen replacement therapy; ART)の現状と問題点に加え、勃起障害(erectile dysfunction; ED)についても解説する。
- 男性更年期障害は加齢に伴うアンドロゲンの低下に起因する
- アンドロゲンの変化は、生理的活性のある free testosterone でみられる。
- 診断治療には、泌尿器科・心療内科・精神科・整形外科などが連携することが大切である。
加齢に伴うアンドロゲンの変化
テストステロン(total testosterone; TT) の大部分は35~75%が活性を持たない性ホルモン結合グロブリン(sex hormone binding globulin; SHBG)および25~65%が弱い活性を持つアルブミンと結合した結合型であり、生理学的に活性のあるfree testosterone (FT) は僅か2%程度である(図1)。TTは加齢による変化が認められないという報告から、60歳以降は次第に減少するというものまで様々であるが、FTは加齢により低下し、SHBGは加齢とともに増加すると言われている。特にFTは20歳代から90歳代までほぼ直線的に漸減するとされている(図2)。最近は、ホルモン活性の弱いアルブミン結合型テストステロンを合わせて「生理的意義を有するテストステロン(bioavailable testosterone; BT)」と称され、PADAM(男性更年期障害)の診断上、重要な指標と理解されている。
TTが加齢にあまり影響されないとしても、血中FTは加齢とともに減少、SHBGは加齢とともに増加することから、BTの加齢に伴う低下は顕著となるといえる。一方実際の臨床の場ではSHBGの測定はルーチンでは行えないため、抗原抗体反応で直接測ったFT値がBT値の代わりに使用されていることが多い。
DHEA(dehydroepiandrosterone)とその硫酸エステルであるDHEA-S(dehydroepiandrosterone-sulfate)は副腎皮質から主に分泌されるアンドロゲンである。DHEAはテストステロンと比しアンドロゲン作用が弱いため余り重要視されていなかったが、最近多くの可能性を有するホルモンとして期待されている。動物実験ではDHEAには抗糖尿病、抗動脈硬化、抗肥満、抗骨粗鬆症、抗癌、抗自己免疫等の種々の有益な作用が証明されている。ヒトでは加齢に伴い血中DHEAが低下すると言われている。DHEAとDHEA-Sの血中半減期はそれぞれ30分、7~20時間とDHEA-Sの方が長いため、臨床マーカーとしてDHEA-Sが用いられることが多い。
臨床症状
- 精神・心理症状 : 落胆、うつ、苛立ち、不安、神経過敏、生気消失、疲労感
- 身体症状 : 関節・筋肉関連症状、発汗、ほてり、睡眠障害、記憶・集中力低下、肉体的消耗感
- 性機能関連症状 : 性欲低下、勃起障害、射精感の消失
男性更年期は正式な病名ではなく、通称である。主な症状は上記、表に通りであるが、精神面では不安やいらいら、うつ、疲労感など 身体面では 関節痛、ほてり、不眠など 女性の更年期とよく似ている。
女性では、閉経に伴い急激に女性ホルモンが低下するのが原因に対し、男性では通常、30歳ごろから徐々にアンドロゲンが低下し、その下がり方が大きいと症状がでると言われている。なぜ、通常より低下が著しいのかは医学的には証明困難であるが、職場の人間関係やリストラ、住宅ローン、教育費、介護など、さまざまな要因、ストレスが影響していると考えられている。
臨床診断
診断には問診票や、精巣や前立腺の大きさ・PSA(prostate specific antigen:前立腺特異抗原)値、前述のアンドロゲン値などを総合して行う。当然のことながら、症状によっては 泌尿器科、診療内科、精神科、整形外科等が連携することが不可欠である。安易に単科で判断することはかえって危険である。
問診票としては下記の2票が代表的である(問診票はブルー文字のリンクからダウンロード可能)。
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Morleyらが作成した androgen decline in the aging male (ADAM)質問票(男性更年期症状に関するアンケート上段の票)
診断:設問1あるいは7が“はい”の場合、それ以外の8問中3問が“はい”の場合、ADAMと判定する
(文献)Morley JE, Charlton E, Patrick P: Validation of a screening questionnaire for androgen deficiency in aging males.? Metabolism 49, 1239-1242, 2000 2. -
Heinemannらが作成した Aging Males Symptoms (AMS) rating scale(男性更年期症状に関するアンケート下段の票)
診断:“ない”1点、“軽い”2点、“中等度”3点、“重い”4点、“非常に重い”5点とする
訴えの程度:17~26点;正常、27~36点;軽度、37~49点;中等度、50点以上;重度と判定する
(文献) Heinemann LAJ, Zimmermann T, Vermeulen A, et al: A new ‘aging males’s symptoms’ rating scale. Aging Male 2, 105-114, 1999
PADAMとうつ病との診断・鑑別については Beck depression inventory などのうつ病の症状スコアがあるが、精神・心理症状と性機能については上記の問診票と共通する。PADAMでは筋肉痛、自立神経反応などの体の疲労を訴える患者が多いが、うつ病をどう鑑別するか、またうつ病患者のうちどういうタイプの患者がPADAM症状を訴えるか現在は未整理の状況である。疑われる場合は専門医に相談することが肝要である。一方、臨床的にはアンドロゲン補充療法によりうつ病が軽快することも少なくない。またその反面、うつ病を治療するとアンドロゲン値の上昇を認めるとうい報告もあり、本病態はうつ病と密接な関連があることが示唆される。
(文献) Barrett-Connor E, von Muhlen DG and Kritz Silverstein D: Bioavailable testosterone and depressed mood in older men: The Rancho Bernardo Study. J Clin Endocrinol Metab 84, 573-577, 1999
アンドロゲン補充療法(androgen replacement therapy; ART)の現状と問題点
- 体脂肪減少
- 筋肉量、筋力の増加
- 骨密度の改善
- 血清脂肪プロフィールの変化、インスリン感受性の増加
- 気分、性欲、健康観の改善
(文献)
- Behre HM, von Eckhardstein S, Kliesch S et al: Long term substitution of hypogonadal men with transscrotal testosterone over 7-10 years.? Clin Endocrinol 50, 629-635, 1999
- Snyder PL, Peachey H, Berlin JA et al: Effects of testosterone replacement in hypogonadal men.? J Clin Endocrinol Metab 82, 2670-2677, 2000
治療薬
アンドロゲン補充の方法として欧米では注射剤、経口剤、ゲル剤、パッチ添加剤があるが、現在わが国で保険適応となっているのは注射剤のみである。
- 注射剤:testosterone enanthate(エナルモンデポー:帝国臓器);10日程度で薬剤が除放されるため、通常2週間おきに125~250mgを筋注する(投与後に急激に非生理的にテストステロン値が上昇し、その後減少していくために患者は気分の変調を実感することがある)
- 経口剤:メチルテストステロン;わが国で許可されているが肝毒性があり、またHDLコレステロールを低下する作用があり、本治療には使用すべきではないと考えられている。
- 経口剤:testosterone undecanoate;リンパ管吸収型の脂肪酸エステル経口剤。肝毒性がないことから世界的に広く使われているが、本邦では未承認
- ゲル剤:注射剤の煩雑性がなく、通院頻度は少ないため、海外では普及している。またパッチ添加剤に比べ皮膚過敏症が少なく、テストステロンを増加させる効果も高いとされ、今後注目を集めると考えられる
- DHEA補充療法:抗加齢としての有用性が検討されている。高齢男女にDHEAを毎日50mg投与したところsense of well beingの改善を認めたという報告や筋力の増強、fat massの減少を認めたという報告が散見されるが、有用性を認めないという報告もあり現時点ではその臨床評価の見解は一定していない。
ARTと前立腺癌および前立腺肥大症
前立腺はアンドロゲン依存性の臓器であり、前立腺がんもアンドロゲンにより増殖する。潜在がんを有する高齢男性は少なからず存在するが、ARTが潜在がんを臨床がんとして発症させるか否かは議論のあるところである。PSA(prostate specific antigen)は前立腺のマーカーとして広く知られているが、ARTによるPSAの変化に関しては若干の上昇が認められるという報告も散見されるが多くは変化がなかったという報告が多く、統計学的は有意な変化は認めていない。現状ではARTは前立腺癌患者、前立腺癌の疑いのある患者には禁忌とされているが、ARTによる前立腺がんの発症の危険性は高くないと考えられている。
ARTによる前立腺肥大症とそれに関連した下部尿路症状(尿閉、排尿困難、残尿感、頻尿など)の影響に関しては、排尿症状を有しない対象群では、前立腺容積は約12%増大したが、血中PSAおよび自他覚的排尿症状に変化は認めないという報告があるが、中等度以上の前立腺肥大症を有する対象者には現在のところ相対的禁忌と考えられている。
ART開始前後では前立腺疾患の評価、経過観察が重要である。ARTを開始する前には直腸診、PSA採血、(経直腸的超音波断層法)を行い前立腺がん、前立腺肥大症をスクリーニングする。がんが疑われる場合は前立腺針生検を行い前立腺がんをrule outする。ART開始後3, 6, 12ヶ月、その後は年1回は 直腸診、PSA採血を行う。PSAが基礎値から1.5ng/ml以上の増加あるいはPSA velocity が0.75ng/ml/year以上の場合は前立腺癌の発症を疑い、ARTを中止し前立腺がんの精査が望まれる。
男性更年期Ⅱ勃起障害 に続く